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仙台高等裁判所 昭和32年(ネ)58号 判決 1961年8月23日

控訴人 原告 高梨逸蔵

訴訟代理人 鹿野琢見

被控訴人 被告 山形県人事委員会

指定代理人 結城二郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。山形県北村山郡東郷村教育委員会が、昭和二九年三月三一日付をもつて控訴人に対してなした退職処分はこれを取消す。控訴人の右不利益処分に対する審査請求について被控訴人が昭和二九年九月八日付をもつてなした請求棄却の判定はこれを取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は次に述べる事実のほか、すべて原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

控訴代理人の主張

一、控訴人は助教諭に任用された昭和二六年四月当時は普通免許状を有していたもので、臨時免許状を持つていたのではないから、控訴人の場合、臨時免許状の有効期間が一年であることを捉えて、控訴人の任用期間が一年であつたと即断することはできない。控訴人は右のとおり普通免許状を有するものであるから、本来ならば講師として任用さるべきところ、戦後学校関係制度の多岐に伴う混乱から、誤つて助教諭として任用されたものである。

二、仮に、控訴人に対する助教諭の期限付任用が有効であり、その後更に期限付で任用されたとしても、右期限はいずれも控訴人に口頭で内示されただけで辞令面に明示されていないから、そのような方式でなされた任期の満了によつて当然に退職となるものではない。

三、仮に被控訴人主張のように任用期間を昭和二九年三月三一日限りとする期限付任用がなされ、控訴人が昭和二八年四月乙第四号証(誓約書)によつてこれを承諾したものとしても、右承諾は控訴人の錯誤に基くものであるから無効である。仮に然らずとしても、右承諾は任命権者の詐欺又は強迫によつてなされたものであるから、本訴においてこれを取消す。

四、また、仮に右任用が期限付なものでなく、一年後に辞職すべき旨の特約であると解しても、右辞職は公法上の行為であるから、これを内容とする右特約は公法上の契約と解すべきである。そして私法と異り公法上は契約の自由は存せず、法の明らかに認めない事項を内容とする契約はすべてこれを無効と解すべきところ、現行法上はかかる辞職の予約を認めた規定はないから、たとえ控訴人が前記時期に辞表を提出すべき旨を申出て、任命権者がこれに応諾したとしても、かかる合意は無効であつて、その時期に至つても控訴人は法律上辞表を提出すべき義務はなく、任命権者はこれを要求する権利を有しないものといわねばならない。仮に右合意が有効であるとしても、それは辞表提出の合意であるから、任命権者は単に辞表の提出を要求し得るに止まり、控訴人より辞表の提出がない限り、控訴人を免職する権利はない。従つてこの場合には「退職を命ずる」という辞令はたとえ右特約を有効と解してもなお無効といわねばならない。

五、なお被控訴人の当審における主張事実中控訴人の従前の主張に反する部分はこれを否認する。

被控訴代理人の主張

一、助教諭及び講師の進退及び懲戒処分等身分上の取扱に関する事項については、教育公務員特例法施行令(昭和二四年一月一二日政令第六号。昭和二六年六月一六日政令第二一九号により廃止)及び学校教育法施行細則の一部を改正する規則(昭和二四年五月二〇日付山形県教育委員会規則第七号)が施行される以前は実質上何らの定めはなく、右施行令第九条、及び右規則第四一条によつてはじめて助教諭及び講師の進退及び懲戒その他身分上の事項については従前の例によつて措置すべき旨定められた。そして山形県における助教諭及び講師に関する「従前の例」は国民学校令施行規則(昭和一六年三月一四日文部省令第四号)第一九条第一〇九ないし第一一一条並びに国民学校令施行細則(昭和一七年四月一三日山形県令第四一号)第六七ないし第八一条によつて取扱われていたものと思考され、「助教諭」及び「講師」に相当する右各規定にいう「助教」及び「准訓導」の任用は地方公共団体の雇用人と同じく私法上の雇用契約に基いてなされていたものであり、その法律上の地位は公法上の規律を受ける吏員とはその性格を異にするものであつた。従つて、当時任命権者であつた山形県教育委員会が控訴人を昭和二六年四月に一年の期限付で助教諭に任用したことは何ら違法の措置ではない。

二、教育職員免許法第三条第一項第二項及び第四条は講師の任用資格については相当免許状を、助教諭の任用資格については臨時免許状を必要とする旨定めているが、右規定の趣旨は任用資格として、それぞれの免許状を要することを定めたに過ぎず、普通免許状を有する者を助教諭に任用したからといつて違法と解すべき理由はない。

三、甲第三号証(控訴人を助教諭に任命する旨の辞令)には期限の記入がなく、且つ期限を記入すべき個所の不動文字が抹消されてはいるが、右任用に際し、被控訴人は控訴人に対し助教諭の任用期間は一年である旨よく説明しているし、また期限を付するにつきその旨書面をもつて表示すべき旨の格別の規定はないから、口頭でなされた期限の表示も亦適法と解すべきである。

四、また控訴人は助教諭として採用されて以後、講師に任用替する旨の辞令を受けていないから、今なお助教諭としての身分を有するものであると主張するが、控訴人は自己が公文書に講師と表示せられていることを知りながら、これに対し何らの異議も述べなかつたことよりすれば、任命権者より黙示に講師に任命替する旨の意思表示があり、それに対し控訴人より黙示の同意がなされたものと解するのが相当であり、しかも任命替を表示する方法については格別の規定はないから、黙示の表示も亦有効と解すべきである。従つてこの点に関する控訴人の主張も失当である。

五、なお、控訴人が任用された一年後の昭和二七年四月三日には特に新たな任用手続がなされていないが、控訴人は昭和二七年四月三日以降も引続き勤務し、且つそのことについては任命権者から何らの異議もなかつたので、前と同一の資格で期限の更新が行われたものと解すべきである。

六、更に、控訴人は昭和二八年四月三日東郷村教育委員会より任用期間を翌二九年三月三一日限りとし、改めて講師として任用され、右期限の経過と同時に講師たる身分を喪失したものである。すなわち、

(イ)  昭和二八年二月頃東郷村教育長より控訴人に対し、同年四月以降は期限を更新しない旨申入れたところ、控訴人より書簡(乙第二号証の一、二)をもつて「何時までも迷惑を掛けようとは考えていないが、昭和二八年度だけでよいから勤めさせて貰い度い」旨懇請があつたので、東郷村教育委員会は、同年二月委員会を開いて協議した結果、控訴人においてその旨記載した誓約書を提出するならば、右申入れを了承する旨決議し、その旨控訴人に通知して「昭和二九年三月三一日限り自発的に退職する。」旨の誓約書(乙第四号証)を提出させ、その任用期間を昭和二九年三月三一日限りと定め、前同様講師として任用することとした。なお右任用も辞令を用いてなしたものではなく、口頭によるものであるが、任命の形式については格別の規定はないから、口頭による右任用も亦有効と解すべきである。

(ロ)  右のように控訴人は昭和二九年三月三一日限りの期限付で講師に改めて任用されたものであるが、その間昭和二八年六月一三日より市町村に対しても地方公務員の任用規定が施行されることとなつたので、従来私法的規律に服していた助教諭及び講師の任用についても、すべて官吏や吏員と同じく公法的規律に服することとなつた。しかしながら、右規定の趣旨とするところは地方公務員の身分を保障し、その意に反して免職等の処分を行い得ないものとすることにあるのであるから、その趣旨に反しない限り、地方公務員の任用にあたり期限を付することを絶対に許さないものと解すべきではなく、右任用規定の施行後においても期限を付することに特別の合理的なる事情が存し、しかも本人がこれを承諾している限り、期限付任用も亦差支えないものと解すべきである。そして、控訴人が助教諭に任用された昭和二六年四月当時の期限を付すべき、合理的な事情(この事情は控訴人が原審において主張したとおりである。)は右任用規定の施行当時もなお存続していたし、控訴人において昭和二八年四月当時右任用に期限を付することを承諾していた以上、右任用規定の施行当時もなお右承諾の効力が存続していたものと解するのが相当であるから、昭和二八年四月三日に控訴人を講師に任用するについて付した期限の効力は右任用規定の施行日後もなお存続するものと解すべきである。従つて控訴人の任用期間は昭和二九年三月三一日限りであり、控訴人は改めて講師に任用されない限り、右期日の経過と同時に当然講師たる身分を喪失したものといわねばならない。

証拠関係

控訴代理人は新たに甲第一六、第一七号証、同第一八号証の一、二、同第一九号証の一ないし三、同第二〇号証の一、二、同第二一号証の一ないし六、同第二二号証の一ないし三を提出し、当審証人山本敏夫、同加藤慶次の証言、当審における控訴本人尋問の結果(第一、二回)を援用し、乙第二〇号証の一、二の成立を認め、同第一九号証は不知、乙第八、第九号証の各二の認否を訂正してその成立を認め、同第八、第九号証の各一、二はこれを利益に援用すると述べ、被控訴代理人は新たに乙第一九号証、同第二〇号証の一、二を提出し、当審証人今枝信雄、同鈴木孫作、同海鋒義夫の各証言を援用し、甲第一六、第一七号証、同第一八号証の一、二、同第一九号証の一ないし三、同第二〇号証の一、二、同第二二号証の三の各成立を認め、同第二一号証の一ないし六、同第二二号証の一、二はいずれも不知と述べた。

理由

一、控訴人は昭和二六年四月三日北村山郡東郷村(その後合併により東根町となる)東郷小学校に助教諭として採用され、同校に勤務していたが、東郷村教育委員会より昭和二九年三月三一日付の「講師高梨逸蔵に対し退職を命ずる」旨の辞令と、同日付及び同年四月三日付の右退職に関する控訴人主張のような説明書の交付を受けたので、地方公務員法第四九条により同年五月二日付で被控訴人に対し、右処分に対する審査請求をなしたところ、同年九月八日付をもつて、控訴人主張のような理由で審査請求棄却の判定を受けたことは当事者間に争がない。

二、そこで先ず控訴人を助教諭として採用するに際し、果してその任用期限を一年と限定したものであるか否かについて検討するに、成立に争のない甲第三、第一六号証、同第一八号証の一、二、当審証人加藤慶次の証言により成立を認める同第二一号証の五、原審証人海鋒義夫の証言によつて成立を認める乙第一号証、原審(第一、二回)及び当審証人鈴木孫作、原審及び当審証人海鋒義夫、原審証人大場宗蔵の各証言、原審における控訴本人尋問の結果(但し、後記措信しない部分を除く)及び弁論の全趣旨を綜合すれば

(イ)  控訴人が東郷小学校助教諭に任用された昭和二六年四月当時は旧制の山形師範学校や新制の山形大学教育学部を卒業し、新たに教育公務員を希望する者が相当多数あり、当時山形県における教育公務員の任命権者であつた山形県教育委員会としては、これらの者の就職については県の労働政策に協力する建前からしても真剣に考慮しなければならない客観的状勢にあつたし、また戦後における教育制度の民主的な改革に即応し、新しい理念に基く文教政策を推進させるためには功成り名遂げた校長若くは教諭に退職して貰い、これら新しい教育上の知識及び技術を身につけた有為の人材を登用することが不可欠であつたとともに同県の教育界における停滞した人事を打破し、これを刷新する必要に迫られていたこと、

(ロ)  しかし一方山形県教育委員会としてはこれがために犠牲になると考えられる教育公務員の生活上の問題も考慮する必要があつたので、これらの者のうち生活に窮するものについては、その生活保障の観点から、生活の方途を見出すまでの時間的余裕を与える趣旨で、従来退職後改めて、一年の期限付で助教諭又は講師に任用するのが通例となつていたこと、

(ハ)  しかして、山形県教育委員会は昭和二六年三月二二日同委員会事務局北村山教育出張所長鈴木孫作を通じて、当時北村山郡山口小学校の教諭で教員生活三〇数年の経歴を有する控訴人に対し、前示の事情を説明し、その退職をしようとしたところ、控訴人より退職後の生活が容易でないことを訴えられたので、控訴人の希望を容れ、退職後は助教諭として採用する旨申入れ、なお助教諭の任用期間は慣例に従つて一年であることをよく説明し、また助教諭の給料は恩給を加算すれば従来の給料と大差ないように取計ること、勤務先は住居地より通勤できる学校とすること、控訴人の長女靖子を前記山口小学校に就職させること、一年の期間経過後も更に一年位は引続き勤務できるように任命権者の方において努力すること等を約して控訴人の承諾を得たので、右委員会は控訴人が同年三月三一日付で山口小学校を退職後、控訴人を改めて右約旨に基き任用期間一年の東郷小学校の助教諭に任用し、また控訴人の長女靖子を山口中学校教諭に採用したものであること、

がそれぞれ認められ、甲第一二号証の記載、及び原審(第二回)及び当審(第一回)における控訴本人尋問の結果中右認定に牴触する部分は措信しない。

もつとも、前記甲第三号証によれば、控訴人を助教諭に任用した辞令には任用期間の記載がなく、しかも任用期間を記入すべき年月日欄が抹消されていることが認められるが、前記認定のように控訴人を助教諭に任用するに際し、その任用期間が従来一年と定められていたことは任命権者においてよく説明したところであるし、また原審(第一、二回)及び当審証人鈴木孫作の証言によれば、任命権者側において任用期間を記入すべき年月日欄を抹消した理由は、昭和二六年四月に開かれた山形県教育委員会事務局出張所長会議において、右委員会事務当局から期間付任用をなす場合には辞令にその旨記入したらどうかと提案されたのであるが、種々協議の結果結局任用の際その旨説明すれば足り、辞令にまで記入する必要はないということになり、折角印刷した辞令面の任用期間欄を抹消したものであることが認められるし、しかも任用に際し、期限を付するにつき、その旨書面をもつて表示すべき旨の格別の規定はないから、任用の辞令に任用期限の記載がなくても、任用期間一年の助教諭に任用されたことには変りはないというべきである。その他前記認定を左右するに足る証拠はない。

三、そして、助教諭及び講師の進退及び懲戒処分等身分上の取扱に関する事項については地方公務員法付則第一項により同法の任用規定が昭和二八年六月一三日市町村に施行されるまでは教育公務員特例法施行令(昭和二四年一月一二日施行の政令第六号)第九条に「公立学校の教育公務員の任用……その他身分上の事項については法及び令に別段の定のあるもののほか、当該都道府県の吏員の例による。但し、講師及び高等学校を除く公立学校の助教諭についてはなお従前の例による。」と規定され、また学校教育法施行細則の一部を改正する規則(昭和二四年五月二〇日施行の山形県教育委員会規則第七号)第四一条に「公立学校の助教諭(高等学校の助教諭を除く。)養護助教諭及び講師の進退……その他身分上の事項については……、なお、従前の例による。」と定められたほか他に格別の規定はなく、従つて控訴人が助教諭に任用された昭和二六年四月当時においては助教諭及び講師の進退及び懲戒処分等身分上の取扱については従前の例によつて措置することとなつていた。そして成立に争のない乙第一一、第一三、第一五、第一六、第一八号証、原審証人今枝信雄の証言、及び弁論の全趣旨によれば、従前の助教諭及び講師の身分上の取扱は、いわゆる官吏や吏員とは異り、地方公共団体の雇用人同様私法上の雇用契約類似の不利益な取扱を受けていたことが窺われるから、山形県教育委員会が控訴人を助教諭に任用するに際し一年の期限を付したことは何ら違法な措置ではなかつたものといわねばならない。仮にそうでなく、助教諭及び講師に対する従前の身分上の取扱が官吏や吏員と同様一般的には無期限の任用を建前としていたものであつたとしても、控訴人が助教諭に任用された当時、一年の期限を付するにつき合理的な事情が存したことは前記(イ)、(ロ)説示のとおりであるし、また右期限付任用がなされるにあたり控訴人の承諾があつたことは前記(ハ)認定のとおりであるから、後記五説示の理由により右期限付任用は有効と解すべきである。

四、次に控訴人が果して助教諭から講師に適法に任用替されたか否かについて判断するに、成立に争のない甲第二号証によれば、任命権者側において、控訴人を助教諭に任用した後に控訴人を講師として取扱つていたことが認められ、また成立に争のない乙第六号証の一、二、同第七号証によると、昭和二七、八年度の出勤簿及び昭和二七年度の個票に「講師高梨逸蔵」と表示されており、控訴人においても、一旦助教諭に任命された後に講師として振舞つていたことが認められ、これら認定の事実に原審(第二回)及び当審証人鈴木孫作、原審証人藤本又一(第一回)の各証言及びこれらの各証言によつて成立を認める乙第五号証を併せ考えると、控訴人は小学校教諭免許状を有し、教育職員免許法上講師に任命される資格を有するものであつて、昭和二六年五月一〇日過頃当時任命権者であつた山形県教育委員会より前記北村山教育出張所長及び当時控訴人が勤務していた東郷小学校の校長を通じて控訴人に対し講師に任命替する旨の黙示の意思表示がなされ、それに対し、控訴人の黙示の同意があつたものと認めるのが相当である。もつとも右任命替について辞令を用いたものでないことは弁論の全趣旨に照して明らかであるが、かかる場合任命替を表示する方法については格別の規定はないから特に辞令の交付がなくても右黙示の意思表示だけでその効果が発生したものと解すべきである。なお控訴人は講師に任命替されただけであつて任命期間その他の点について特に変更を加えた事跡は見当らないから、これらの点については、何ら変更はなかつたものというべきである。

五、次いで、被控訴人は右契約は昭和二七年四月に更新され、更に翌二八年四月三日に任用期間を翌二九年三月三一日限りとして、改めて任用されたものであるから、控訴人は右期日の経過と同時に自然退職となつたものであると主張するので審按するに、控訴人が昭和二七年四月三日以降も引続き東郷小学校の講師として勤務し、且つそのことについて任命権者側から何らの異議もなかつたことは原審証人鈴木孫作の証言(第一、二回)及び弁論の全趣旨に照して明らかであるから、任命権者は控訴人を前と同一の条件で更に任用したものと推定すべきである。そして成立に争のない乙第二号証の一、二と、乙第四号証中控訴人名下の印影が控訴人の押捺にかかるものであることは当事者間に争がなく、その他の部分については原審証人菅原民哉、同藤本又一(第一回)の各証言によつて成立を認める乙第四号証、右証人菅原民哉、原審証人名和正吉の各証言を綜合すると、昭和二八年二月頃、東郷村教育委員会委員長菅原民哉より控訴人に対し、同年四月以降は期限を更新しない旨申入れたところ、控訴人より書簡(乙第二号証の一、二)をもつて「いつまでも迷惑を掛けようとは考えていないが、昭和二八年度だけでよいから勤めさせて貰い度い」旨懇請があつたので、当時の任命権者である東郷村教育委員会において、同年二月委員会を開いて協議した結果、控訴人においてその旨記載した誓約書を提出するならば、右申入れを了承することを決議し、その旨控訴人に通知して「昭和二九年三月三一日限り自発的に退職する。」旨の誓約書(乙第四号証)を提出させ、その任用期間を昭和二九年三月三一日限りと定め、前同様講師として任用したものであることが認められる。すると控訴人は昭和二八年度も前と同じ条件で講師として任用され、ただ任用期間の点については、東郷村教育委員会と控訴人との間において、昭和二九年三月三一日限りとする旨の確約がなされたものとみるべきである。

そして右任用も前同様特に辞令を用いたものではなく、口頭によつてなされたものであるが、任命の形式について格別の規定はなく、しかも右認定のように期限を明示してなされたものであるから、口頭による右期限付任用も亦有効と解すべきである。

そこで進んで地方公務員法の任用規定が東郷村に施行された以後においても、右任用について付した期限がなおその効力を有するか否かについて検討するに、地方公務員法付則第一項により地方公務員法の任用規定(同法第一五条及び第一七ないし第二二条等)が昭和二八年六月一三日以後市町村の職員に対して適用されることになつた関係上、前段説示のように従来地方公共団体の雇用人同様私法上の雇用契約類似の不利益な取扱を受けていた助教諭及び講師も、右期日以降は一般の吏員と同様の身分上の取扱を受けることとなつたわけである。そして地方公務員法には公務員の任用にあたり期限を付することができるか否かについて一般的な規定はないが、同法が特に条件付採用及び臨時的任用の制度を認め(同法第二八条参照)これらの場合について期間の限定をしていることを考慮すると、公務員の任用は一般的には無期限の任用を建前としているものと解すべきである。しかしながら前記任用規定の趣旨とするところは地方公務員の身分を保障し、その意に反して免職等の処分を行い得ないものとするのであるから、その趣旨に反しない限り、公務員の任用にあたり期限を付することも絶対に許されないものと解すべきではなく、期限を付することに特別な合理的な事情が存し、しかも本人自らが自由な意思に基いてこれを承諾している限り、期限付任用も亦差支えないものと解するのが相当である。(また控訴人はこれを辞職の特約と解し、公法上の契約にあつては、その明文で認められない事項を内容とする契約はすべて無効であると主張するが、公法上の契約によつて法の明文に牴触する内容を定めることは許されないが、法の明文に牴触しない限り、公法上の契約を否定すべきでない。)

そして前記のように前後三回に亘つて期限付任用が繰返された事実に、成立に争のない乙第二、第三号証の各一、二、及び弁論の全趣旨を併せ考えれば、右任用規定が施行された昭和二八年六月一三日当時においても、なお前記二の(イ)、(ロ)説示のような一年の期限を付すべき合理的な事情が存続していたことが推認されるし、また控訴人が昭和二八年四月当時右期限を付することを承諾していたことは先に認定したとおりであり、右任用規定が施行された当時控訴人において右期限付任用について異議を申し述べた事実もないから、控訴人は当時においてもなお期限付任用を承認していたものと推認するのが相当である。すると昭和二八年四月三日控訴人を講師に任用するにつき付した期限は、右任用規定の施行後においてもなおその効力を有するものと解すべく、この場合任用期間中は、地方公務員法第二八条に規定する事由がなければその意に反して免職することはできないが、任用期間が満了すれば改めて控訴人が講師に任用されない限り、昭和二九年三月三一日の経過と同時に当然講師たる身分を喪失したものといわねばならない。

六、控訴人は地方公務員法には更新拒絶についての規定がないから、当該公務員がなお継続して勤務しようとする場合、これが更新を拒絶することは、その意に反して免職する場合に該当するか、若くはこれに準ずる場合に該当するので、同法第二八条に照して許されない旨主張するが、同法条は更新拒絶に関する規定ではなくしかも本件の場合は特別の事情のもとに控訴人の任意の意思に基いて定められた任用期間の満了によつて当然退職となるのであり更新の問題となる場合でないから、控訴人の右主張は採用できない。

七、控訴人は今なお助教諭の身分を保有するものであるから、東郷村教育委員会が控訴人を講師として退職を命じたのは違法であると主張するが、控訴人が昭和二六年五月一〇日過頃東郷小学校助教諭より同校講師に任命替されたことは前示認定のとおりであるし、しかも控訴人は前段説示のとおり任用期間の満了によつて当然退職となつたものであつて辞令の交付によつてはじめて退職の効果が発生したものではないから、控訴人の右主張も採用するに由ない。

八、控訴人は控訴人の期限付任用に対する乙第四号証(誓約書)による承諾は控訴人の錯誤に基くものであるから無効である。仮に無効でないとしても、任命権者の詐欺又は強迫によつてなされたものであるから本訴においてこれを取消す旨主張するが、甲第一一、第一二号証によつてもこれらの事実を肯認するに足らず、他にこれを認め得る証拠はないから、控訴人の右主張も亦採用できない。

九、なお控訴人は行政処分の理由となるべき事実関係は該処分と同時に示さなければならないのに、東郷村教育委員会は控訴人に対し単に「退職を命ずる」旨の理由を付さない辞令を交付して退職処分を行つたものであるから、その効力を生じない旨主張するが、控訴人は任用期間の経過と同時に当該講師としての身分を喪失したものであり、その際任命権者である東郷村教育委員会が控訴人に右のような辞令を手交したとしても、該行為ほ昭和二九年三月三一日の経過と同時に「控訴人が講師の身分を失つた」旨を通知するに止まる単なる通知行為に過ぎないものと解すべきであるから、控訴人の右主張も採用するに由ない。

一〇、更に控訴人は東郷村教育委員会の控訴人に対する退職処分は山形県教育委員会の権限を越えた不当な干渉と強要によつてなされたものであるから、右処分は取消さるべきものであると主張するが、この点についても肯認し得る資料は何ら存しないから、到底採用の限りでない。

以上のとおりだとすると、前記昭和二九年三月三一日付退職辞令による免職処分の違法なることを主張し、その取消及び控訴人の不利益処分の審査請求を棄却する旨の判定の取消を求める控訴人の本訴請求はいずれも理由がないから、これらの請求を棄却した原判決は相当であつて、控訴人の本件控訴は理由がないので、これを棄却すべきものとし、民事訴訟法第三八四条第九五条第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村上武 裁判官 上野正秋 裁判官 鍬守正一)

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